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【コラム】宮崎壮玄の中国一刀両断 − 第2回「中国ではツッコミ待ちのコンテツンが受ける?ユーザーの入り込む隙間を作る弾幕システム」

· Column

 日本のニコニコ動画独自の「弾幕」システムは、中国の動画サイトによってこぞって採用され、日本以上の受容と一般化を果たしている。皆さんは「弾幕」をご存知だろうか?弾幕とはユーザーによって投稿されたコメントが、動画の再生画面に重ねるように、右から左へと流れていくようにする機能のことだ。そうすることによって、社会学者濱田智史の言う「擬似同期性」、つまり別々の時間に投稿されたコメントが流れていく様子が、「まるで一つの画面をみんなで鑑賞しながら、動画の内容について、視聴者の側でワイワイガヤガヤと会話を交わしたり、ツッコミを入れたりする〈かのよう〉」な効果を作り出す。

 

 今回はこの弾幕システムから中国のコンテンツを考察したいと思う。ここで重要なのは、弾幕の導入によって、再生画面とコメント欄の並列から、本当の意味での「新しい属性を持ったメディア」に変わったということである。ここでは文字通り、コメント欄と動画、つまりコミュニケーションと作品が結合されており、深いレベルで相互に連動している。そのような新しい視聴環境において、コメントの内容とフォントのビジュアルがリアルタイムで変更されうるため、動画に関するコミュニケーションそのものも常に流動的な状態にあり、コミュニケーションの停滞が起こりにくい。

 

 その滞ることのないコミュニケーションは、作品の鑑賞経験を劇的に変える。例えば、あるテレビで放映されたドラマを、弾幕機能の付いたストリーミング動画サイトで視聴する場合、その違いが際立ってくる。そこでは内容を素直に受け取るという視聴者の姿とはまったく異なるものが立ち現れてくる。画面上で流れていくコメント、すなわち「リアルタイム」でほかのユーザーの映像の内容に対する「ツッコミ(吐槽)」を目にすることができ、自らもそれに参加することができる。中国のニュースでも触れられていたが「セリフ、VFX、服装、ストーリーのすべてにコメントをつけることができ」、「どんな動画も弾幕サイトに置けば信じられないほど面白くなる」というふうに受け取られているのである。

 

 さらに重要なのは、そのようなコミュニケーション中心に再構築された視聴環境がさらに新しい形のコンテンツを生み出すことである。例えば『万万没想到』(2013)のような超人気ネットドラマシリーズは言ってみれば、ツッコミ的なコミュニケーションによって変容させられた視聴習慣そのものを組み込むように作られている。それはあらかじめどういうものに対してどのような「ツッコミ」が行われるのかということを予測しながらシナリオを組み立てている。すなわち、コンテンツはコミュニケーションのシミュレーションとして組み立てられているということだ。また、『万万没想到之名偵探狄仁傑』の放送期間中に主演俳優の一人である白客が病気で出演できないというハプニングによって、作品の継続が危ぶまれたが、主演の不在という物語外の事件そのものをストーリーの中に組み込み、さらに白客の再登場のシーンをSNSなどで募集するなどして、結果的により大きなコミュニケーションの広がりをもたらした。

 

 このように、そのような視聴経験が一般化したニューメディア環境において人気を獲得するには、ネット環境で培ったそのようなコミュニケーション習慣と蓄積に敏感に反応し、効果的に物語の中に組み込み、さらに物語をコミュニケーション空間の中に溶けこませることで、視聴者=ユーザーの心を掴むことが必要不可欠となる。それはいわゆる現在支配的なコンテンツ形式だと考えられている「スペクタルコンテンツ」とはまったく異なるベクトルを持っているだけでなく、そのコンテンツをも、コミュニケーション(パロディやツッコミなど)で解体してしまうほど強い力を持っているのである。そういう意味において、コンテンツ受容と創作の両方に対して、物語にユーザーが参入可能な「すきま」を意図することが必要不可欠である。

 

宮崎壮玄

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